ザッハリッヒ 蚕の記録

気まぐれお絵描き屋さん、蚕(かいこ)の記録です。作品について、日常のこと、過牛歩で。

夏だよ夏だよ夏だよ

年々、夏が好き!好きだよ!
太陽さんさん炎天下じりじり焦がされながら出来るだけおんもに出ていたいのですが、当方、日焼けしやすいもので、それもままならず。
大人だから、やっぱりね、夏はビール、枝豆、冷やしトマト、冷や奴!とかいうのも、楽しいですね、なのになぜかわたくし最近禁酒宣言致しまして、今年冬ごろまではお酒飲みません!
だけど、誘ってね、なにかと誘ってね、ね!みんな!!


先日、千葉へ行きました。
九十九里浜

曇り空まぶしくてしかめっつらのおじさんが・・

海の家で、焼きはまぐりー

どんどこ、どんどこ、歩く。貝殻拾い。

無人駅、素晴らしい光景だった!

休憩、ファミレス。テーブルの上、ゴミだらけ。

海ほたるー!

イカー(わたしは運転できないけれど)あるって贅沢、満喫した日だった。
後日、同行した恋人が、無邪気に、
「千葉、楽しかったねー」
と言ったので、うわわわ!としあわせ感じた。


このごろは、家族のことをよく考える。
兄のお嫁さん、兄の娘、新しい家族たち、
そして、母、兄、わたしのこと。


8月6日、祖母が亡くなった。
亡くなる二日前に「もうさいごかもしれないから」と、数年ぶりに顔を見て。ほんとうに、それがさいごになってしまった。
10年くらい、ずっと、離れて暮らしていたから、悲しいとかさみしいとか、悔やんだりとかは、あんまりなかった。
ああ、ようやっと、終わったんだな、と思った。
祖母の「生」は、何なんだろう、何だったんだろう、と考えてしまうほど、「自分」というものが無いような、おしころしていたような、それすら無意識で、うまく言えないけれど「自分」に向き合わないでいたような人だったように思うから、亡くなって、「ああ、やっと、好きなところへ、自由に飛んでいけるんだね」と、変な話、わたしは安堵した。
貝殻のように白く、まっさらに、カラカラに焼けた祖母の骨を見て、「解放されたんだな」って。それは、残されたほうの、勝手な希望でしかないけれど。孫のあっちゃんはそう思った!思ったんだよ!
おばあちゃん、菊之助好きだったから、わたし秘蔵の(かとぅーんも載っていた)みすたーはいふぁっしょん、菊之助の表紙のとこ、棺に入れてあげた。これは喜ぶ!ぜったい!!
ばいばい、おばあちゃん。


祖母が亡くなって、葬儀場へ遺体を移した日、何年ぶりだろう、母と兄と三人でごはんを食べた。
わたしには父親がいないので、母、兄、わたし、の三人が、自分にとって、だいじな「家族」。
その三人で、ごはんして、「じゃあね」って、三人それぞれちがう家に帰っていった。
三人で暮らしていた家は、もう(母の家としてはあるけれど)無くて、兄にも、わたしにも、新しい家があって、それが、不思議だなあ、大人になるってこういうことかなあ、少しさみしいなあ、たまにはまた三人でごはんしたいなあ、などと思った。


まとまらないけれど、そんなふうに、今年はなんだか「家族」についてよく考えるわたしです。