ザッハリッヒ 蚕の記録

気まぐれお絵描き屋さん、蚕(かいこ)の記録です。作品について、日常のこと、過牛歩で。

よるじゅう

あまり楽しくない記録
昨夜は、自分の心の根っこの部分が、いやでたまらなくなり、めそめそ泣いていた。
理屈で納得、あたまで理解、そうして矯正していくことは出来るんだろう。
だけど、ほんとうの意味では、まったく理解も納得もできずに、これから生きていくんだってこと、
そもそも、根っこの部分が、ねじ曲がり歪んでいるということが、とても悲しかった。
他者に要求を押しつけるな、
気持ちの共有などあり得ないのだと、
この世界に100%はないのだと、
他人は、自分ではないのだと、
それがとても悲しいなんて、だれがわかる?


「特別じゃなくてもいい、すべてのものに価値があるのだ」と言われた。
「すべてのものに価値があるということは、すべてのものに価値が無いことと、おなじ」だと言われた。
わたしの、針先ほどの足もとを照らすのは、なにだろう。
「あなたは、自分はここにいてもいい、という、みんなが持っている安心感、それがまったくないね」
そうなの?
みんなは持っているの?
それを知らなかった。


100%のない世界と、繋がるために、
わたしは、自己に100%を求めて、絵を描くんだろう。


それでも、この先、悲しいことがたくさんある。
ぜったいに。
それは、ほんとうのこと。
いやだ、いやだ、といって避けられることではない。


今日はここまで記録。
今は泣いていません。


めんへるというのだろうな、こういうの。
べつにどうでもいいです。